「いま、会いにゆきます」小説と映画とドラマの違い(メモ)

小説、映画、ドラマ、の順で見て、思ったこと。

  • 映画版の澪はうまく物事をこなしてたのに対し、ドラマ版の澪はドジなところが目立ってる感じがする。その点小説版の澪って映画版に近いのかな。
  • 映画では、巧と佑司が澪の存在を隠してて、それで3人楽しくやっていけていた感じがする。しかし、ドラマでは巧と佑司が澪の存在を隠そうとするせいで、3人をはじめ、周囲の人間にまでちょっぴりストレスを与えてしまっている感じがしないでもない。ドラマを見て初めて「澪の存在を周りの人に教えて、その上で暖かく見守ってもらう」選択肢はなかったのか、と思うようになった。
  • 小説版を読んだときには巧の不具合にぐっと感じるところがあった気がする。小説、映画、ドラマ、となっていくにつれ、巧の不具合が物語に占める割合が減った気がする。
  • 映画の佑司は「理想のこども」、ドラマの佑司は「現実のこども」といった感じ。
  • ドラマ版では巧・澪のカップル(20代)の他、ケーキ屋の夫婦(40代)、澪の両親夫婦(60代)、と年齢層の異なる夫婦が3組も出てくる。広く一般に受ける話を目指すつもりなのか。